the labels that you have on

ラベルの奥にあるもの


私にはたくさんのラベルがある。honeyhandsのライター、高校生、クィア、映画好き、O型、射手座…。人間はほとんどみんな、いろんなラベルを貼られている。考えてみると、生まれた瞬間からもうすでに私たちには、「性別」というラベルが貼られていた。


I have many labels on me. A writer of honeyhands, high school student, a queer, movie nerd, Sagittarius, and more. We all are labeled. If you think about it, almost all of us got labeled from the second we were born – starting with our biological sex.


私は、ラベルを貼られるのも、貼るのも、あまり好きじゃない。いや、好きじゃないというより、ラベルをもとにしたステレオタイプを信じてないという方が正確かもしれない。例えば、代表的なステレオタイプとして、私がO型だから大雑把かと言われたら、それは大きな間違いで、実際私は整理整頓が大好きだ。普段はあまり気にしないけれど、他人にラベルを貼り、それをもとにその人の性格や行動を予測したり、型にはめるのって失礼だと思う。それでも、私たちは無意識に人に貼ったラベルをもとに相手はどんな人なのか勝手に予想してしまうことがある。例えば、あの子は本を読むのが好きだからおとなしいんじゃないか、とか。


I personally don’t like to be labeled or to label someone. To be more accurate, I don’t believe in stereotypes based on one’s labels. For example, we assign a stereotype to each blood type in Japan. However, if you think I’m sloppy because my blood type is O, which is a stereotypical way to see people with type O blood, you are totally wrong – I love organizing. I think it’s inappropriate to stereotype someone with labels that you create. Having said that, we sometimes expect others to act based on how we label them unconsciously. For instance, you might expect someone to be introverted because of the fact that they like to read books.



ラベルを貼ることで、分断を生むこともある。わかりやすい例は、去年のアメリカでの大統領選挙期間中、民主党支持者と共和党支持者の間で、支持政党の違いが理由で暴動が起きたり、対立が生まれていたこと。先日、大統領に就任した民主党であるバイデン氏は次の大統領になると決まってからの最初のスピーチで、「私たちはお互いを敵として扱うのをやめなければいけない。」と言っていたけれど、それぞれの政党の支持者がお互いに敵対政党だというラベルへの意識を変えなければ、彼の言っていた事が実現するのは難しいと思う。私はトランプ前大統領のことがあまり好きではなかったから、共和党の党員はみんな彼に同意する人かと思って少し嫌悪感を持っていた。でも、Netflixの『"投票のカラクリ"をダイジェスト』に出てきた共和党の人は私の思っていたような、お金が大好きで、勝つためになんでもするような人とは違っていた。私は、自分が知らず知らずの間に「共和党員」というラベルから作り出されたステレオタイプを鵜呑みにして、信じていたことに気づいた。こうやって知ったり、気づく機会がなければ、私はずっと自分の中の考えや感じたことをそのまま信じ続けていただろうということが恐ろしく感じた。


Labeling creates division. You can see it clearly when you look at the division between Democrat supporters and Republican supporters in the US during the presidential election. Though the new president, Joe Biden, stated that Americans must stop treating their opponents as their enemy in his first speech as a president-elect, I think it’s never going to happen until they stop labeling each other. I used to consider Republicans as people who always agree with the former president, Donald Trump, and I used to loathe them as I was not (and am not) very fond of him. However, a Republican on the Netflix series “Whose Vote Counts, Explained” was not such a person I had believed him to be. I realized that I had been stereotyping them. The terrifying thing is that if I hadn’t watched the series, I would never be aware of the caricature I made of them.



でも、自分にラベルを貼ることで救われることもある。私は10代前半の時、自分のSOGI*について悩んでいた。社会で「当たり前」とされているヘテロセクシュアルではない私は、どこかおかしいんじゃないかと不安を感じていたし、近くに同じような人がいなかったから孤独感も抱えていた。でも、英語の勉強のために始めたTumblrというSNSでセクシャルマイノリティ**の大きなコミュニティを見つけ、そこで初めて自分に合うSOGIのカテゴリーを知ることができて、すごく安心した。ひとりじゃないということが嬉しかった。この経験から私は、ラベルを貼ることは悪いことだけじゃなく、新しい自分を知ったり、自分と向き合う方法を見つける手段にもなると思っている。


* SOGI = Sexual Orientation and Gender Identity(セクシャル・オリエンテーションとジェンダー・アイデンティティ)の頭文字のことで、日本語では「性的指向」と「性自認」のことをいう。LGBTがレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーという「誰」を指すのに対して、SOGIは「どんな性別を好きになるのか」、「自分自身をどういう性だと認識しているのか」という「状態」を指すので、私たち全員が含まれる。


** セクシャルマイノリティ = 性的マイノリティ。LGBTだけではなく、男女どちらにも恋愛感情を抱かない人や自分自身の性を決められない、あるいは分からないと言う人など多様な性の形を指す。


On the flip side of the coin, labeling yourself might help you. I was confused with my SOGI since I found it “abnormal” when I had just become a teenager. No one around me had a problem like mine and I felt lonely. But when I started using Tumblr and found a huge LGBTQ community and a category that I fell into, I was totally relieved. I was not alone. I believe labeling has not only the cons, but also the pros from this experience.



私が共和党の人に持っていたステレオタイプな考えのように、自分と違った性質や考え方、アイデンティティなどを持つ人をカテゴリー分けしたり、「あの国の人たちはこういう性格なんだよ」と決めつけてしまうことは簡単だ。自分の中に今までなかった考え方や言動と出逢っても、自分と結び付けて、なぜ自分が今のように考えたり、行動しているのかを深く考えることはあまりないと思う。そうすることで、自分の考えが揺さぶられないで済むし、自分が持つ世界観をそのまま保つことが出来る。でも、変化を避けたまま、自分の世界を守るだけでいいのかな。自分の持っている考えだけで判断してしまうと、相手の本質が見えなくなってしまうこともあるはず。私は、それぞれが持っているラベルはあくまで彼らの一部分として、もっとひとりひとりのあり方を重視して、彼らのラベルの奥にあるものを捉えていきたい。そして、自分が持つ考え方やものの見方を考え直しながら、世界をより深く、広く見れるように自分の視野を広げていきたい。


Sorting people into categories based on their identity or way of thinking just like I did to Republicans is easy. You don’t have to rethink why you think the way you think or why you behave the way you behave once you blindly stereotype those who think or behave in a way that you have never seen and choose not to learn from them. By doing so, you can protect your way of thinking and maintain your perception of the world. But is protecting your world by avoiding change good for you? I think judging people or things only based on the thoughts you already have makes it difficult to see others’ true nature. I’m trying to pay more attention to individuals than the labels that they have on as the labels are mere parts of them. As I do this, I would like to broaden my view of the world.



自分に貼るラベルに関しても同じことで、私のセクシャリティは私の全てではない。私に付随するいくつものラベルは、私が何者であるかを決めるものではなくて、私を構成するただの一部だ。でも、他人にラベルをつけたくないって思う気持ちを行動に落とし込むのは難しい。私はそれを自覚し意識しつつも、できることとして、他の人の選択や行動に違和感をもったりしたら、それを相手に伝える前に「その違和感って私がこの人に貼ってるラベルが原因じゃないのかな」と自分の価値観でモノを決めてしまっていないか、自問したり考えるようにしている。人についつい貼ってしまうラベルは、無意識なものもあって気付くのが難しいから、他の人を見て感じたり、思ったりすることをなるべく疑うようにしている。これからも私は他人にラベルをつけられたり、自分でつけたりしてしまうかもしれない。でもそんな時、まず一番大切なのはラベルの奥にあるものだということを覚えておきたい。そしてラベルを貼るということは、その人自身の選択で行われるものだと思っている。だから、私は一人ひとりが自分のために選んだ、その選択を尊重していきたい。


It’s the same for labels that I give to myself, too. For example, my sexuality is just a part of me. The labels I have are only a few parts of all the things that compose me. Even though I don’t want to label people, it’s hard to make it into action. While I acknowledge it, one thing I’m trying to do is that whenever I feel irritated by others’ choices or actions, I ask myself whether it’s because of the label I put on them and I’m judging them based on that. Labeling people can happen unconsciously, so it’s hard to realize it. I try to be skeptical of everything I feel, or think of others. Others might label me as they have before, and I might do the same to others too. But when that happens, I want to remind myself that what matters is to see individuals, not labels. I think a label should be a choice for each individual to apply to themselves, not for others to decide. Once they choose the label of their own, I would like to honor the decisions they make.


Images by Lala

English Edited by Karin

Edited by Hikari Sawada and Hikari

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